東京高等裁判所 平成6年(ラ)632号 決定 1994年6月30日
主文
本件執行抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
一 本件執行抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状及び抗告理由書各写しのとおりである。
二 そこで、検討すると、一件記録によれば、戊田株式会社(債務者)は、平成六年四月五日に手形の不渡りを出したため、弁護士である抗告人と協議の上、私的和議による事態の解決を図ることを計画し、同月一三日に開催を予定した債権者集会に先立つ同月一一日、売掛金債権の適正な回収・管理のためと称して債務者の有する債権全部を抗告人に信託的に移転し、第三債務者に対して右移転の趣旨を記載した通知書を送付するとともに、抗告人及び弁護士丁原松夫の連名により、同日付けで「このたび戊田株式会社が、さる四月五日、手違いによる銀行決済に混乱を来たしました。つきましては、今後当分の間、混乱を回避し、関係者に不要のご迷惑をおかけしないために、当職らが右戊田株式会社の有する売掛金等を回収・管理させていただくことになりましたので、戊田株式会社に対する支払いは当職ら宛支払われるようお願いします。振込先口座は後記のとおりです。--略--口座名義『戊田(株)預り口弁護士甲野太郎』」との内容の通知書を差し出したことが認められる。
右債権移転の経緯及び各通知書の内容にかんがみれば、本件債権の信託的移転は、手形の不渡りを出した債務者から私的な和議や整理を依頼された弁護士である抗告人が、債務者の代理人として、一般債権者らによる債権の強制取立てに伴う混乱を回避しつつ、代理人としてのその職務を円滑に進めるためのものにすぎないから、債権執行を回避し、本件債権の取立機能のみを取得することを目的とするものであつて、信託法一一条、弁護士法二八条、七三条の法意に照らしても、本件債権の実体的移転がなされたものとは認め難く、先取特権者との間においては、債権譲渡による被差押債権の不存在を主張することはできないものというべきである。
三 また、本件債権が債務者から抗告人に移転し、本件債権差押当時、被差押債権が不存在となつていたとしても、右事由によつては、結果的に本件債権執行の実効が上がらなかつたことになるだけであり(いわゆる執行の空振り)、右事由自体は適法な執行抗告の理由となりえない。
四 よつて、本件執行抗告は理由がないからこれを棄却し、執行抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 林 道春 裁判官 柴田寛之)